塩ビ復権と組立て産業の心配(連載1/6) |
国際連合大学 上野 潔
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嵐のように吹き荒れた「塩ビ忌避」運動が漸く、科学の力で鎮まったように思います。もちろん、塩ビ業界の努力が大きかったこともそのとおりであると思います。しかし長年、組立て産業界に身を置いた技術者として考えると、まだまだ道は険しいと思います。それは、組立て産業の顧客は「一般消費者」であり、「一般消費者」はマスコミ情報や風評に影響されることが大きいからです。科学的に説明ができても、「消費者が嫌がる製品」は製造販売できないという、組立て産業には当たり前の事実があるのです。
Webで公開されているあるNPOの製品データベースはいまだに、「塩ビの使用箇所」という項目が「特だし」にされています。幸い各社とも「あり」と記載していますが、どう見ても「有害物質」の扱いです。消費者が希望する情報を提供するのがこのNPOの姿勢ですから当然ともいえるのですが、この情報の意味を消費者は理解しているのでしょうか?まことに残念です。消費者を啓発することも科学的なNPOの役割だと思います。
多くの組立て産業界もいまだに公式の環境行動計画の中で「塩ビ削減」「塩ビ追放」などの用語を使用し公表しています。自動車やテレビなどでは、塩ビ削減や塩ビを使用しないことを売り物にしている製品があります。環境を標榜し有名タレントを使用する世界企業ほどそういう傾向があることは嘆かわしいことです。冷蔵庫のドアパッキンや電源コード、配線材料などでは塩ビを超える性能とコストを持つ材料はなかなか見つかりません。消費者の目を恐れてひっそりと使用するのではなく、堂々と使用することが必要と思います。本当は「塩ビは環境に良い素材なので積極的に使用するが、他のプラスチックと混在しないよう明確な表示と易分解性設計を一層進めます」などの先進的な取り組みと広報が必要でしょう。ブランド品のハンドバッグが塩ビ製であることなどが、もっともっと広まると良いと思います。欧州では盛んに塩ビが使用されていることを知らせることも必要です。
ただし、塩ビ業界も安心してはいけません。これまで以上に分別回収や適正な処理条件についての啓発と情報公開努力が必要です。素材産業は直接消費者とは接していないけれど、顧客である組み立て産業は日夜必死で、消費者獲得の競争をしていることを忘れてはいけません。一時期広がった発泡スチロールに対する使用忌避運動に対する発泡スチロール業界の啓発活動とリサイクルに関する努力を、これからも謙虚に見習う必要があると思います。
実はもう一つ心配な点があります。いったん起きた日本の塩ビ忌避の動きが、アジアを中心に飛び火したまま根付いていることです。「塩ビは燃すと猛毒のダイオキシンが出ることが判明したから」との声がアジアの環境学者から聞こえるのです。それも日本から環境問題を学んだ善意のグループや日本の過去の著作物を読んだ学者に多いのです。環境情報に限らず一度広まった情報は、なかなか訂正されません。
思い込んだ人々はそれが信念になり、容易に行動を変えません。塩ビ業界は科学的なデータを総動員して、アジアの環境学者や地域のリーダーに対して啓発活動を進める必要があります。日本に招く、現地を訪問する、英文メルマガを発信する。いろいろな方法が浮かびます。
その意味でも、昨年3月に韓国塩ビ環境協会(略称KOVEC)が設立されたことは大変喜ばしいことです。日本と並ぶアジアの先進国でOECD加盟国でもある韓国は、電気電子・自動車などの組み立て産業で日本の強力なライバルでもありますが、塩ビに関する環境学者、行政への働きかけは重要です。VECの活動がアジア諸国に対してもっともっと向けられることを希望します。 |
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