◇外壁、サッシの塩害 −伊豆大島の実情−
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一級建築士 高村正彦 |
大学を卒業してもう27年あまりが経過した。大学ではコンクリートを専攻し、卒研もそれをしていたはずなのだが、卒業と同時にゼネコンと言われるところに就職して現場監督・建設営業と言う過程の中で目の前の仕事のことばかりで、コンクリートの問題点などすっかり忘れていた。ここに来なければ一生思い出すことの無かったことだろう。
鉄筋コンクリート造においては、コンクリートの中性化が長寿命化の最大のネックとなっている。これは強アルカリ性であるセメントが大気や酸性雨などの要因により中性化し、それが進み酸性化してしまうことにより本来の強度が失われ建築物の短命化につながる現象である。沿岸地域においては塩害がプラスされ、より一層建物を短命化させている。それは木造や鉄骨においても同じことである。外装材を手入れしないでほっておくと、他の部分がどんどん悪くなって行く。 人体に例えれば皮膚が外装材、肉が壁、骨が柱・梁、内臓が内装や設備機器である。風邪は万病の元といって、ちょっとした体調不良がきっかけで重い病気になってしまい、ついには死にいたってしまうことがあるように、建物も外部に病巣が出来て放っておくと、内部に侵攻し全てを破壊し死に追いやってしまうのである。
今回、船で1時間45分、飛行機で30分と手軽に調査が出来、火山性ガスや塩害など過酷な条件下で病気が進んでいるであろう伊豆大島にターゲットを絞り調査してみることにした。
伊豆大島は伊豆諸島北部に位置し伊豆諸島最大の島で、面積91.06km2人口8952人世帯数は4852世帯(平成19年度)気温は東京都とほぼ同じで、降水量は東京のほぼ二倍である。行政区域は、東京都大島町である。大島は伊豆大島火山と呼ばれる水深300〜400mほどの海底からそびえる活火山の陸上部分であり、山頂火口のある三原山は約50年間隔で噴火があり、1986年の噴火では全島民が避難している。
調査は2回に分けて行なった。 第一回目は6/18、第二回目は7/10に渡島した。一歩足を島の大地に着けると塩の匂いが鼻をつき、同時にじめじめとした潮風が肌にこびりつくのを感じる。 レンタカー屋のおじさんにサッシと外壁材について聞くと「サッシは白い粒が付いて膨らんでしまい困っている。最近サッシ屋さんが来て色付きのサッシは大丈夫だと言っていた」と言う話と「10数年くらい前に本土から金属のサイディングを売りに来て、かなりの住宅に良いものとして取り付けたが、サッシと同じになってしまうと逃げるようにいなくなってしまった」と言っていた。 レンタカーに乗り視察を開始した。経路としては、伊豆大島の東海岸に沿って野田浜〜岡田〜元町〜野増〜波浮と言う順番で特に海から100m以内の建物を中心に調査した。
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コンクリート面の錆と爆裂 |
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アルミサッシの腐食 |
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大島で見つけた樹脂サッシ |
まず見たものはコンクリート面に雨だれとなっている錆と爆裂であった。特にかぶり厚さ(コンクリート表面と鉄筋までの寸法)の無い箇所は剥がれ落ち鉄筋が酸化してしまっていた。海のすぐ近くの建物は、かぶり厚さがとれていて、爆裂してしまっているものも数多くみうけた。特にひどいものは旧貝殻博物館で、現在は築40年以上を経過しているが骨をRCで一部壁やパラペット(陸屋根の周囲の立ち上がった部分)をALC(気泡軽量コンクリート)で施工しているのだが、柱梁のコンクリートは剥がれ落ち、ALC部分やパラペットは半分崩れ落ちるか、全てくずれ落ちるかと言った状態であった。後から聞いた話だが、あまりにもひどい状態になり危ないので10年前に別の場所に移したのだということであった。私も長い間建築をやっているが、30年程度で崩れ落ちる建物は初めて見た。 サッシに関しては、アルミサッシの場合、最初に白く変色し、次に白い粒が表面に付着し穴が開き最後は解けて下地が出るまで腐食するようである。それよりも酷いのはステンレスのサッシである。ほとんどが茶色く錆が付きステンレスとは思えない状況であった。 サイディングに関しても金属はアルミサッシと同様に色が変わったり、白い粒が表面についていた。特に鉄を使用したものは、完全に錆びてしまっていた。最近窯業系のサイディングが大島での主流になり、新しい住宅にはほとんど使用されているが、そろそろ変色が始まったものとか、脳天から打った釘がすべて錆びていたりしていた。木製のサイディングも数多くあったがそれ自体にはなんら問題は生じていないが、ほとんどが表面の塗装がはげていた。大島の人に聞くと3年に一度くらいは塗り替えるのだと言っていた。 また上記のものに限らず外構の金属系のものはすべてにおいて錆びて朽ち果てているものを多数見受けた。
そんな中で樹脂サッシを発見した!白い普通のサッシであったが、元町の海のすぐ近くにひっそりと2窓ついていたのだ。SUSの丁番部分は錆びて変色していたがサッシは元気に、佇んでいた。形式は10年以上前のものだとサッシ専門家が言っていたが、この厳しい条件下で長期にわたり生きていたのだ。他にも縦樋などの塩ビ製品はほとんど経年変化もみられず元気なのだ!このことは必ずや島民に対して大きなアピールになるはずだし、塩には塩!この島の元気印は塩ビなのだ。
今回この調査をして感じたことは、大島のような塩害地域に金属は極力使用せず、塩に強い素材を用いるべきであるということである。まさに塩ビのサッシやサイディングの出番であり、今後この普及活動を行う必要性を強く感じた次第である。(了)
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