環境分野に関わる人々にとって欠かせない略語がEPR:Extended Producer Responsibility(拡大生産者責任)です。EPRは、1994年にOECD:Organization for Economic Cooperation and Development(経済開発協力機構)から提唱された理念です。日本ではこれを「拡大製造者責任」と呼んでいました。その後「製造者」から「生産者」に修正されて「拡大生産者責任」という日本語が定着しました。「生産者」には工業だけでなく農林漁業、畜産業などあらゆる業種が含まれると解釈できるようにしたのでしょう。2001年3月に(財)クリーンジャパンセンターから「拡大生産者責任—政府向けガイダンスマニュアル」の翻訳版が公開されています。用語の意味や背景が忠実に訳された優れた資料であると思います。しかし多くの人はこの訳本を読まずに、(もちろん原文も読まずに)「拡大生産者責任」という言葉だけを使用します。
外国語の日本語訳はつくづく難しいと思います。Performance, Implementation, Manifestなども環境分野では良く使われるけれど翻訳の難しい用語です。
大学で、「拡大生産者責任」を英語に翻訳してくださいと言う演習をしたことがあります。電子辞書を引きながらExpanded Manufactures Liabilityと訳せば英語的には正解です。決して、Extended Producer Responsibilityの英語には戻りません。つまり「拡大生産者責任」という日本語が誤解を招いていることがわかります。
OECDの原文では、「Responsibilityとは何を意味するか」、「Producerとは誰か」などを丁寧に説明しています。Shared Responsibility(共有責任)という言葉も使われています。つまり素材調達から製造、使用、廃棄にいたるまで、それぞれの当事者が「役割を分担して」対応をしてほしいとの意図であったのです。
恐らくProducerはProducts(製品)を作る人の意味で「生産者」と訳したのでしょう。ProducerとはProduceする人、つまり作品や番組の製作者でもあり、お店や展示を企画する人、政策を立案実行する役人も含まれます。それらを勘案すると「当事者」という適切な用語があります。「生産者」では「消費者」や「自治体」など製品に関連する多くの部門が抜けてしまいます。
Responsibilityには確かに「責任」という意味がありますが、この場合は、法的な責任を意味するLiabilityとは異なり、道義的な責任のほうが適切です。Responsibilityを単純に「責任」と訳すと意味が異なります。Responsibleには「反応する」「対応する」という柔らかい用語があります。EPRは「拡大当事者対応」とでも訳すべきであったのではないでしょうか?
もちろん製品を設計製造した生産者が素材調達から廃棄方法にいたるまで最も多くの技術情報を持っているのですから、製品の情報開示をはじめとして多くの重要な対応が求められることは当然です。そのことは原文にも明記されています。しかし、素材を供給する川上産業も、部品やコンポーネントを提供する川中産業も、製品を使用する消費者も、廃棄処理を担当する自治体も役割に応じた応分の対応を分担することが必要なのです。
役割分担の中でも、DFE:Design For Environment(環境適合設計、環境配慮設計)は、製品設計を担当する生産者しか対応できない分野です。しかし欧州でもアジアでも新しい廃棄物処理のスキームでは生産者にお金を出させることのみに重点が置かれ、生産者に対するDFEへのインセンティブが消えてしまいつつあります。お隣の韓国で最近改定された電気・電子製品及び自動車の資源循環に関する法律は「EPR法」と呼ばれています。中国、台湾、タイのWEEE(廃電気電子規制)も基本的に欧州WEEEと同じ考え方で、EPRを製造業の責任として資金の拠出を要求し、DFEへのインセンティブはありません。
欧州WEEEの見直し報告では、DFEの成果が殆ど得られなかったため、DFEは、EUP:A framework for Eco-design of Energy Using Productsなど製品設計の規制の中で取り上げるようになりました。最近の世界の生産者は「EPRとは廃棄物処理の金を出すことなのだろう。DFEとは別の問題だ」と開き直ってさえいるようです。
「拡大生産者責任」という訳語によって、生産者にお金さえ負担させればよいという考え方が日本でも広まっています。中央官庁も、自治体も、消費者も、全て生産者にお金を要求します。しかし生産者にお金を出させるのは実はもっとも安易で簡単な方法なのです。製品の価格に全ての費用が含まれることになります。見えないお金になって消費者に負担を転嫁させることが可能だからです。廃棄物処理業者は安定的にお金が入ってきますから大歓迎です。政府や自治体は税金を使わなくてすみますが、それによって所得税や住民税が安くなったという話は聞いたことがありません。納税者である消費者が一番損をしているのです。
世界で始めて生産者自身にリサイクルを義務付けたために日本の家電リサイクル法では、生産者による自主的なDFEが進んでいます。今のところ世界で唯一のEPR本来の目的を実現したスキームであると思います。しかしEPRの本来の理念を忘れて、資金提供だけを求める風潮が進むと将来はどうなるか心配です。
さて、生産者の中でも組立て産業に素材を供給する川上産業である塩ビ工業に従事される会員の皆様は、拡大生産者責任をどのように捉えておられますか?(了)
前回の「環境報告書の変遷と未来(連載22)」は、下記からご覧頂けます。
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