MAIL MAGAZINE Vol.02 |
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焼却とダイオキシン問題について考える
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2003年2月1日
塩ビ工業・環境協会 坪田勝也
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<はじめに> |
我々がものを買う時は頭の中で、経済性、利便性、リスクを考えてきた。これからは更に「環境影響」も考えなければならない。その為には、正確な情報に基づいての判断が大切である。
燃焼やその時に発生する有害物質及びその量について、実験や勉強した事の結果を皆さんに知ってもらいたい。
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1.燃焼 |
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一般にものを完全燃焼させれば、例えばポリエチレンであれば水(H2O)と炭酸ガス(CO2)だけ、塩化ビニル樹脂(以下塩ビと略す)の場合は水と炭酸ガス及び塩化水素(HCl)だけ、ABS樹脂では水と炭酸ガス及びシアンガス(HCN)だけが出来る。(HCNは1200~1300℃以上になるとCとNも分解してCO2とNO2などになると言われている)
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しかし、通常は完全燃焼など出来ない。例えば都市ガスのように均一でかつ一定量供給される台所のガスでさえも、鼻を近づければガスの匂いがする。つまり、完全燃焼は出来ていない。
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従って、都市ゴミ焼却炉の場合も完全燃焼は出来ない。しかし、より完全燃焼に近い条件で、ものを燃やす事は出来る。これが「ダイオキシン類特別対策措置法」で定められた燃焼条件で、簡単に言えば、温度800℃以上、燃焼滞留時間2秒以上、という条件である。これを守ればダイオキシンは殆ど出来ない。
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ダイオキシンの構成元素である炭素C,水素H,酸素O,塩素Clが一旦バラバラになり、安定な水や炭酸ガスなどになり易いからである。 |
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一方、たいていのものは悪い条件で焼却すると、一酸化炭素やベンゼン、クロルフェノールのようなダイオキシン生成のもとになる、いわゆる「前駆体物質」やタバコを吸うと出来るベンゾピレンのような「発癌物質」も出来る。
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塩ビとポリオレフィンとの燃焼では、焼却条件が悪い場合には塩ビの方が発生するダイオキシン量は多い。(ポリオレフィンが全く発生しない、という事は有り得ない。これについては後述する)
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2.燃焼の後工程 |
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上述の如く燃焼条件が悪いと何を燃やしてもさまざまな有害物質が出来る。従って、「良い燃焼」は必須条件である。
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しかし、残念ながら燃焼の部分さえ良ければそれで良いのか、というとそうではない。燃焼の出口以降(後工程)で一旦バラバラに分解したものが又ひっついて有害物質が出来てしまうのである。そもそも化学反応は原子や分子が衝突して出来るものなので、燃焼炉出口以降の化学反応
「再合成」に注目しなければならない。これはなかなか起こりにくい反応なので、ダイオキシンが出来る量は極めて少なくナノグラム(ng)オーダーでこれは1gの10億分の1である。
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3.燃焼後工程の条件 |
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「ダイオキシン類特別対策措置法」では「燃焼後200℃以下に急冷すること」となっている。このことも焼却条件の中に組み入れないと「良い焼却条件」とは言えない。
又、燃えて出来たスス(飛灰)にもダイオキシンが吸着されているので、温度管理だけでなく、バッグフィルターなどで補集することも重要な要件である。
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4.これからの都市ゴミ焼却炉 |
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10年前は都市ゴミ焼却炉は2000施設位あったが、現在は1300施設位である。これは「ダイオキシン類特別対策措置法」に基づいた焼却条件で運転する事が可能か、又、発生量の法規制値が守れるか、によって判断され、時代遅れの焼却施設が廃止された結果、現在の焼却炉数になっている。今後の更に厳しい規制により、最終的には1200施設位が残るだろう、と言われている
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この法律によって現在は、「ダイオキシン類特別対策措置法」に基づく排出基準を守れない焼却炉は運転禁止であり、野外焼却(野焼き)も原則禁止となっている。 |
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5.焼却条件が悪い時のダイオキシン発生量 |
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我々が行った実験1)では塩ビ樹脂や食塩、更に、パラフィンに塩化水素の吹き込み、など塩素を持っている化合物と塩素をもっていない化合物に塩化水素を同時に入れて燃やす実験を行ったところ、これら全てから100~200ng-TEQ/gのダイオキシン類が発生した。
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一方、「ダイオキシン類特別対策措置法」ではH14年12月からは焼却炉によっては0.1~5ng-TEQ/Nm3以下の規制値となっており、その前の暫定措置として80ng-TEQ/Nm3以下が定められていた事から、100ng-TEQ/Nm3を超える焼却炉が多かった事が推察される。つまり、日本は焼却炉数が多い上に悪い焼却炉が多かった、と言える。
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尚、食塩からダイオキシンが発生2)や大阪大学大学3)等も研究発表している。
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1) |
高菅、牧野、坪田、武田 18nd International Symposium on Halogenated
Environmental Organic Pollutions and POPs(ストックホルム 1998)
高菅、牧野、坪田、武田 Chemospere 、40 ,1003(2000)
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2) |
安原、形見、安田 第10回廃棄物学会、805(1999) |
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3) |
川端、碓井、丸川、田中 第13回廃棄物学会、184(2002) |
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6.焼却条件が良い時のダイオキシン発生量 |
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都市ゴミ焼却炉においてはH14年12月からはゴミ焼却能力4T/h以上の新設焼却炉では0.1ng-TEQ/Nm3、2T/h未満の能力のものでも5ng-TEQ/m3以下を達成しなければならない。つまり、これからは焼却条件の改善により、焼却炉からのダイオキシン発生量は大幅に削減する事が出来る。国の計画はH14年度までにH9年に比べ「90%削減」である。
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上記文献1)の我々の実験装置の燃焼後工程を改善(二次燃焼ゾーンを設け、急冷)した実験では、燃焼物が塩化ビニリデンラップフィルムでも、6.2pg-TEQ/gと驚異的に減少した。4)
これは、燃焼ゾーンを良い条件とし、燃焼後工程も良い条件にして得られた結果であり、良い焼却条件にすればダイオキシン量の発生は問題ないレベルの量に出来る事の証しである。
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4) |
大田、大澤、梅津、高菅 第9回環境化学討論会、232(2000)
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更に、小型焼却炉(能力200Kg/hで炉床面積が約2m2の流動床焼却炉)でも良い焼却条件にすれば、ポリエチレン(PE)単独の場合とPEに塩ビを2~10%混合して燃焼させた場合とで発生したダイオキシン量は1~5ng-TEQ/Nm3の範囲で殆ど変化無し、という結果が得られている。5)
又、ここで重要なのはPEでもダイオキシンが発生する、という事である。
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5) |
能登、木村、坪井 燃焼の科学と技術、1,245(1944)
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もう少し大きな焼却炉での実験結果もある。プラスチック処理促進協会と荏原製作所との共同実験で2t/h能力のガス化溶融炉を用いて、廃ポリオレフィンに廃農ビ(軟質塩ビ)を16%混合して燃焼実験を行った結果、煙突出口の排ガスのダイオキシン濃度は0.031ng-TEQ/Nm3で通常の一般廃棄物を燃やした場合と同等の結果であった。(日経産業新聞 H12.7.14)
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以上のまとめると次の事が言える |
(1) |
焼却条件が悪いと塩素を持っている化合物(塩ビや食塩)の方が持っていない化合物よりも発生ダイオキシン量は多い。
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(2) |
ダイオキシン類特別対策措置法に基づいた焼却条件では塩素の有無にかかわらず、発生量は極めて少ない。
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(3) |
食塩からもゴミ焼却炉においては、有機塩素化合物と同様にダイオキシンを発生させる。 |
<追記事項として下記のような疑問点に答えてみたい> |
1.塩ビと食塩は同重量当たり同程度の塩素量を持っているが、ダイオキシン発生量はどちらが多いか。
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(1) |
食塩は熱力学的に安定な化合物で、以前は「融点が800℃、沸点1413℃のものが焼却温度程度でNaとClが分離するわけがない。従って、塩化水素は勿論ダイオキシンも出来ない」と多くの学者が言ってきた。しかし、その後我々の研究から端を発し、上記文献1)2)3)以外にも数多く研究され、今や台所から持ち込まれた厨芥ゴミを都市ゴミ焼却炉で燃やして、「ダイオキシンは発生しない」という学者は皆無と言って良い。
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(2) |
どちらが多いか、というと「理論的には食塩の方が少ない」と私も化学を勉強した人間として言いたくなる。
それは、塩ビは加熱だけでその分解温度になるとHClが発生するが、食塩は加熱以外に、砂の主成分であるSiO2や蛋白質中の硫黄(S)などの酸性物質がないとNaとClに分かれないからである。
しかし、我々の研究(上記文献1と下記文献)では飛灰のある場合(都市ゴミ焼却炉想定)塩ビも食塩もダイオキシン発生量は変わらなかったし、国立環境研究所の研究もわずかに塩ビの方が多いが、バラツキの範囲、と言える数値でやはり変わらなかった。
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(3) |
更に、上記文献3)の論文では食塩を水に溶解し、水和物にするとイオン平衡でNa+とCl-に一部分かれ、活性な塩素が出来る為に塩ビより食塩の方が発生ダイオキシン量は非常に多かった、と発表している。
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(4) |
以上より、ゴミ焼却の場合は種々の化学物質がある為に、理論通りにはならず、「どちらとも言えない。条件による」が正解ではなかろうか。
食塩に関して我々は種々の研究を行ったので、文献名を下記に記載する。6)7)8) 9)
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6) |
高菅、牧野、坪田、第8回環境化学討論会、232(1999) |
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7) |
高菅、牧野、坪田、第9回環境化学討論会、450(2002) |
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8) |
高菅、牧野、坪田、第11回廃棄物学会(その1)、715(2000) |
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9) |
高菅、牧野、坪田、第11回廃棄物学会(その2)、718(2000) |
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2.何を燃やしてもダイオキシンが出る、というのは本当か |
(1) |
答えは「本当」である。大阪湾の地底(8000年前)からもダイオキシンは発見されている。(愛媛大学 脇本教授 日本経済新聞 夕刊 H3.8.2) |
(2) |
これは、地球の表面の70%が海であり、小さな波シブキが地球表面を太古から現在も漂っている。(技術用語では「海塩」という)
従って、地球表面には「塩」つまり塩素を含んだ塩分があり、その為に「塩素を持っていないもの」でも燃やせばダイオキシンが出来る。1) |
(3) |
もっというと空気を加熱してもダイオキシンは出来る。海塩以外に車の排気ガスの中にはベンゼン等の炭化水素、つまり、炭素(C)と水素(H)があり、酸素はいくらでもあるので、C,H,O,Clが揃う事になり、ダイオキシンが出来ても不思議はない。
ただ、山火事、空気の加熱、魚を焼いた時の焦げ、などは量的に少なく、人類は100万年という太古の昔から、山火事に会い、焚き火をし、焦げた魚を食べてきたと考えられ、そういった「煙の成分」には人類は「耐性」があるように私も思う。(東大 渡辺正教授 日本工業新聞 H12.3.2) |
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3.ポリエチレンは燃やしても有毒ガスが出ない、というのは本当か |
(1) |
最近、ポリエチレン等のポリオレフィンを使った製品が、環境に優しいかのごとく「エコ製品」と称して宣伝している。又、「燃やしても有毒ガスが出ないポリエチレンは・ ・ ・」からはじまる新聞記事をよく見かけるが果たして本当だろうか。答えは「No!」である。 |
(2) |
下記文献によれば、我々とよく似た実験装置でポリエチレンを燃焼させた結果、ポリエチレン1g当たりなんとmgオーダーの多環芳香族炭化水素類(PAH:Polyaromatic Hydrocarbon)が発生する、とある。10) |
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10) |
Minguin Piao et al., Chemospere 、39 ,1497(1999) |
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PAHとはベンゼン、ナフタレン、ベンゾピレンなどCとHだけの化合物でベンゼン環が1個から数個繋がったもので身近にはコールタールの中によく含まれている。 |
(3) |
問題はこれらのPAH類は発癌性物質と言われている事である。
私が調べた範囲ではベンゼン、ベンゾピレンは世界保健機構WHOの下部機関である国際ガン研究機関IARCの発癌ランクは2a(発癌性の疑いが強い)である。
因みにコーヒーは2b、フタル酸エステルのDEHPはランク3(発癌性があるとは言えない)である。 |
(4) |
勿論塩ビを燃やしてもPAH類は出る。しかし、塩素が有る為か、その出方はポリエチレンやポリプロピレンに対し千分の一から百万分の一の量であることが分かっている。(現在委託研究している途中結果より)
・塩ビ:毒性が強いダイオキシンが発生→しかし、人体への暴露量は極めて少ない。
・ポリオレフィン(敢えて総称で記載):ダイオキシンより毒性が小さいようであるが、発癌性があることが分かっているPAH類が発生→発生量は極めて多い。
リスクは「毒性の強さ×暴露量」である。どちらがリスクが大きいか、多分答えられる人はいない、と思う。 |
(5) |
それではどんな素材でも有毒ガスが発生するのか、というとそうではない。焼却条件をよくすれば塩ビからのダイオキシン発生と同じく、ポリオレフィンからのPAH類の発生も抑えられる事は言うまでもない。
尚、本件の関連文献を下記する。11)12) |
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11) |
THOMAI PANAGIOTOU,JOEL CARLSON,26Symposium(International)on Combustion/
The on Combustion Institute,2421(1996)
THE EFFECT OF THE BULK EQUIVALENCE RATIO ON THE PAH EMMITIONS FROM THE
COMBUSTION OF PVC,POLY(STYRENE) AND POLY(ETHYLENE) |
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12) |
THOMAI PANAGIOTOU,PAUL VOUROS ET AL.,Combust.Sci.And Tech.,Vols.91(1996)
AROMATIC HYDROCABON EMMITIONS from Burning Poly(STYRENE),
POLY(ETHYLENE)and PVC Particles at High Temperutures
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<おわりに> |
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ここまで長く、つたない文章を読んで戴き本当にありがとうございます。読んで戴いた方の中には「塩ビ業界は、まだ他のものを悪者にし自分を救おう、としている」と思われた方もあろうか、と思います。
私は、ここで書いた内容のこと、を知らない方に読んでもらい、特に塩ビに関してはメディアから流れる情報だけでは正確とは言えないことを知ってもらいたかった。 |
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世の中にリスクのないものはない。リスクは「毒性の強さ×暴露量」である。
ダイオキシンは非意図的に出来る物質(合成して販売するものではない)であり、暴露量が極めて小さいからリスクも非常に小さいことも知ってもらいたかった。 |
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都市ゴミ焼却炉は日本の排出ダイオキシンの80%を占めていたが、現在は全体排出量が5年前の三分の一になる中で50%まで割合が減った。農薬中の不純物としてあったダイオキシンはなくなったし、産業界もダイオキシン低減に努力している。 |
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つまり、我々のダイオキシンの暴露量は、母乳中のダイオキシンの変遷、を見ても分かるように、大幅に減っており、従って、リスクも更に大幅に減ってきている。 |
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以上 |
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