フタル酸エステルの安全性情報 -安全性は確認されています-
最も汎用性の高い可塑剤であり、全可塑剤の半分近くを占めるフタル酸ビス(2-エチルヘキシル)(DEHP)は、1940年代から内外で多角的に研究が進められ、その安全性は確認されています。
- 急性毒性や皮膚刺激性など極めて低いレベルです。
- 人に対する発がん性はIARCでは2Bグループ(ヒトに対して発ガン性のある可能性がある)とされています。2Bグループの例には、コーヒーやピクルス、携帯電話からの電波などが入っています。
- 内分泌かく乱作用(環境ホルモン性)がないことが確認されています。
- げっ歯類では精巣毒性(生殖毒性)が確認されていますが、霊長類では起こらないことが確認されています。
- シックハウスとの関連性は低いと考えられます。
- リスク評価によれば、現在の暴露量は人に対して懸念すべきレベルではないといえます。
急性毒性、皮膚刺激性、変異原性
DEHPの急性毒性(LD50)は、食塩や砂糖よりも低く、毒性なしといえるレベルです。
皮膚刺激性は、無刺激ないし微刺激の範囲で、少なくとも人を含む動物の皮膚になんらかの作用を及ぼすレベルではありません。皮膚吸収による毒性も極めて低いことがわかっています。更に、微生物を用いた変異原性試験の結果では、DEHPは陰性と判定されています。
急性毒性(LD50)
試験動物の半数を死亡させる化学物質の量を動物の体重1kg当たりで表わした値。急性毒性を示す最も一般的な指標で、小さいほど毒性が強いことを意味します。
発がん性
1982年、ラットやマウスにDEHPを高濃度で投与すると、肝臓に腫瘍が発生するという報告がありましたが、この現象はラット・マウスなどのげっ歯類に特有の作用メカニズム(肝臓中のペルオキシゾーム増殖)であり、霊長類であるサルでは起きないことが確認されました。その結果を受け、国際がん研究機関(IARC:国連WHOの下部機関)は2000年、DEHPの発がん性評価ランクを「2B」(ヒトに対して発がん性がある可能性がある)から「3」(ヒトに対する発がん性を分類できない)へと改正しました。
2011年2月、IARCはDEHPの発がん性評価ランクを「3」から「2B」に変更しました。今回のIARCの発がん性再評価は、げっ歯類における発がんのメカニズムとヒトの疫学研究から得られる結果を解釈する上での疑問を解明するため、更なる調査研究を促すものであり、それらの観点からDEHPは優先度の高い20物質とともに見直されたものです。DEHPが、ヒトに発がん性があるとの新たな証拠が見つかったからではありません。詳しくは可塑剤工業会のホームページをご覧下さい。
(2011年10月更新)
IARC 発がん性分類とその例
グループ | 発がん性評価 | 例 |
---|---|---|
1 | ヒトに対して発がん性がある | アスベスト、たばこの喫煙、アルコール飲料 |
2A | ヒトに対しておそらく発がん性がある | ディーゼル排ガス、紫外線 |
2B | ヒトに対して発がん性のある可能性がある | コーヒー、ピクルス、ガソリン、蕨、携帯電話からの電波 |
3 | ヒトに対する発がん性について分類できない | お茶、軽油、コレステロール、石油系溶剤 |
4 | ヒトに対しておそらく発がん性はない | カプトラクタム |
内分泌かく乱作用(環境ホルモン)
DEHPの内分泌かく乱作用いわゆる環境ホルモン作用は、環境省の「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」(SPEED'98)の取組の結果により否定されています。
環境省は、SPEED'98の取組の結果を順次明らかにしていますが、フタル酸エステル類に関する報告では、2002年6月、人(哺乳類)への影響に関して、DEHP(一緒に試験した9物質も同じ)は『低用量(文献情報等により得られた人推定暴露量を考慮した比較的低濃度)での明らかな内分泌かく乱作用は認められなかった』と報告しています。
更に、2003年6月、魚類(メダカ)を用いた生態系への内分泌かく乱作用に関する試験結果によれば、『・・・(DEHPなど)・・・5物質については、頻度は低いものの、精巣卵の出現が確認されたが、2002年度に実施した精巣卵の程度と受精率との関連等に関する追加試験の結果を踏まえると、受精率に悪影響を与えるとは考えられず、明らかな内分泌撹乱作用は認められなかった』と発表しています。このことは、DEHPを含むフタル酸エステル類の内分泌かく乱作用が否定されたことを意味します。
なお、SPEED'98で調査対象とされた “疑わしいとされる物質”の中に塩ビの可塑剤として使用されるDEHPなどのフタル酸エステル類が含まれていたことから、可塑剤工業会ではいち早く各種の研究を行い、フタル酸エステル類は女性ホルモン様活性(内分泌かく乱作用)を持たないことをすでに確認していました。
精巣毒性(生殖毒性)
これまでのいくつかの試験から、DEHPはげっ歯類(ラット、マウス)に大量に投与すると精巣の小型化が起きることが知られていました。これが根拠となって、日米欧ではおもちゃなどのこども用品へのDEHPなど一部のフタル酸エステル類の使用が禁止されています。
可塑剤工業会は欧米の可塑剤業界と連携し、霊長類を用いたDEHPの長期投与試験を行い、精巣への影響や体内での挙動を中心にDEHPの安全性を総合的にチェックしました。その結果、成獣マーモセットでは精巣への影響は見られなかったことを確認したのに続き、幼若期に特に影響を受け易いといわれることから幼若マーモセットを使った実験も実施しています。そして、幼若マーモセットでもそれらの変化が観察されなかったことから、げっ歯類と違い霊長類では、DEHPは精巣に影響を及ぼさないこと、及び霊長類でDEHPは精巣に蓄積しないなど体内での挙動が霊長類とげっ歯類とでは大きく違うとの種差を報告しています。精巣毒性に種差があることは、国際機関であるヒト生殖リスク評価センター(Center for the Evaluation of Risks to Human Reproduction:CERHR)や厚生労働省の評価書でも認められています。
DEHPの室内環境指針値
新建材や新素材の使用増加、あるいは建物の気密性の向上など生活様式の変化が背景にあるといわれるシックハウス症候群が1990年代から顕在化してきました。このような背景から、厚生省は、室内空気汚染の改善または健康で快適な空気質の確保を目的として、2002年1月までの間に塩ビ製品としてよく使われる可塑剤であるDEHPなどの13種類の化学物質とTVOC(総揮発性有機化合物)について室内空気濃度指針値を定めました。
東京都や環境省の室内濃度実測調査によれば、居住中の建物のDEHP濃度の最大値は3.4μg/m3と指針値濃度(120μg/m3)を遥かに下回っている実態が報告されています(表)。また、1年間に渡ってDEHPを使った塩ビ壁紙と塩ビ床材の新規施工住宅からのDEHP室内濃度変化を調べた実験によれば、施工直後の濃度は一番高かったものの、徐々に減少するとともに年間を通じても2μg/m3を超えることはなかったと報告されています。このように、軟質塩ビ製品によく使われるDEHPの室内濃度は、健康で快適な生活のための空気質レベルを十分にクリアーしていると見られます。
シックハウス症候群
欧米ではシックビルディング症候群と呼ばれています。また、日本では学校で見られる場合にはシックスクール症候群などと呼ばれています。なお、シックハウス症候群とアレルギーやアトピー性皮膚炎あるいは化学物質に過敏に反応する化学物質過敏症とは医学的には区別されています。
総揮発性有機化合物、 TVOC(Total Volatile Organic Compounds)
複数の揮発性有機化合物(VOC)の総合計濃度を表し、トルエン相当量として換算される。
DEHP 室内濃度調査結果
調査元 | DEHP室内濃度範囲(㎍/m3) | 平均値(㎍/m3) | 測定箇所 | 文献 |
---|---|---|---|---|
東京都 | 0.052~2.38 | 0.31 | 戸建(64室)、集合住宅(28室) | 1) |
0.11~0.83 | 0.26 | ビル(50室) | ||
環境省 | 0.023~3.4 | - | 戸建(71棟)、集合住宅(21棟) | 2) |
厚生労働省 | 0.04~0.87 | 0.35 | 住宅(約30ヶ所) | 3) |
1)室内空気中フ夕ル酸エステル類の測定、斎藤ほか、室内環境学会誌 , 5(1)2002,13-22
2)環境省平成14年度第2回内分泌撹乱化学物質問題検討会配布資料3-2
3)安藤正典 室内空気中の化学物質に関する調査研究 平成10~12年度総合研究報告書P.120
リスク評価
経済産業省が行ったDEHPの詳細リスク評価書が独立行政法人産業総合研究所より出版されていますが、1998年調査のDEHP摂取量から判断すると人に対する生殖毒性のリスクや生態リスクは懸念されるレベルでないと判断されています。また、現状のリスク管理を継続する必要はあるが、更なるリスク管理の強化や法規制等の追加は必要ないとしています。
なお、可塑剤の安全性についての詳細は、可塑剤工業会のホームページをご参照下さい。